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函館白百合学園17回生(昭和40年卒)1965
BY 赤坂浩美

卒業50周年の記録
http://shirayuri.ed.jp/campus_05.html
http://shirayuri.ed.jp/campus_03.html    

 
  2017年9月30日東京支部同窓会支部長の
  渡辺千津子さん
ご挨拶
 白百合35回生若手の活躍に期待


  コートヤードマリオネット銀座東部ホテル
   年齢層も広がりましたね

2017年10月14日同期会(銀座KAZAN)
    2016年5月21日東京国際フォーラムガラス棟・東天紅にて、東京支部同窓会がありました。支部長の渡辺千津子さんの司会で若手による新校歌斉唱(左)と安藤先生を中心に、17回生と19回生の記念撮影(右)
(旧校歌) 露の恵みにうるおいて 茂るさ庭の草ならで 色もにおいもたぐいなき 心の花を咲かせてん
(新校歌) 聖女ジャンルがかかげてし 至誠の旗に正義のつるぎ おみなのたましいこもりたる いのちのしるし白百合の花
 
  白百合は函館の白百合が発祥の地ですが、東京で白百合と言えば、九段下の白百合を誰もが想像する様です。私は高校卒業後、東京の白百合の大学へは行かず、盛岡の国立四年制の岩手大学を卒業し、教育学部なのに教師になることを止め、仙台の叔母のいる修道院に半年居候したのち上京。二年ほど当時の婦人生活という雑誌社に勤務し、昭和47年日本橋蛎殻町に主人と日本リフレッシュ鰍設立、昭和51年から今の市川市に在住して40年になります。函館白百合の東京支部のOB会には殆ど最初(1984頃)から、参加しております。そのころの写真はすべて紙焼きです。スキャンして保存し、1999年ごろからはパソコンに年代別に保存していました。還暦を過ぎたころからは、東京支部の同期会も毎年行なわれるようになり、沢山の懐かしい人々が写っております。
   
 
   私の白百合時代は、どうしてもこの八幡坂の白百合学園(左端)しか思い浮かびません。まして、私の家はこのまた坂の上の公会堂の、もう一つ上の元町にありました。
 学校まで、走って5分という距離で、友が皆、坂を下りて帰るのに、私だけは一人登って帰宅、裏はすぐ西高のグランドで函館山が唯一私の遊び場でした。

1984年東京支部OB会・山川先生(国語)
  
 1989年 東京支部OB会
 盛岡、仙台を経て東京白百合の
 管区長になられた立川建代校長と、
 本間先生(数学)が函館から
 
1990年 東京支部OB会
に酒田先生(国語)
 
 1992年 東京支部のOB会・東京白百合の安藤(蝶名林)先生と
 函館から月津先生(理科)
 
1993年  東京支部OB会に立川先生 
 
 1999年 東京支部OB会 安藤先生と八代の白百合からルチア様

2000年 東京支部OB会・月津先生

2001年 東京支部OB会・本間先生

2003年 東京支部OB会

2004年 東京支部OB会

2005年 東京支部OB会沢木先生と村岡さんと東京支部会長

 2005年 同期会

 2006年還暦の年・東京支部OB会

2008年 同期会

2008年 東京支部OB会

 2009年 同期会

2009年 東京支部OB会

2010年 東京支部OB会・妹と本間先生

2010年 同期会

2011年同期会

2012年 同期会(初めての一泊)

2013年 同期会

2014年 同期会 

2015年 同期会
 母・母の妹・叔母(旧聖保禄)私・妹・姪の二人と7人すべて白百合の卒業です。私と妹は函館を出て東京と長崎へ嫁ぎました。姪の二人は、現在唯一頼りにしている函館の親戚です。そのご主人のお母さんも白百合のOB(加茂さん右)です。
 現在は父の兄と同じ墓に(旧姓細川)両親が眠っています。毎年墓参りに帰りますが、やはり故郷とは何物にも替えがたいものです。

2015年 卒業50周年を祝うOB会
 
八幡坂と函館港

 旧白百合と八幡坂

 基坂と公会堂
 故郷は遠くにありて想うもの、と言いますが、テレビや雑誌でみる函館は、今年の3月には北海道新幹線も開通するとのこと、いつまでも変わらず、エキゾチックな最先端の函館を思います。現在の移転した白百合学園は新幹線の通る北斗市にも、空港にも近く、初めての男性の校長と若く優秀な先生方がご活躍の様子、音楽活動も素晴らしく、今回の卒業50周年を祝うOB会に参加させて頂き感激致しました。
 世界のどこへ行っても、堂々と通用する国際感覚を身に着けさせて頂き、そしてまた、世界平和のために国際的に日本人として、女性として何が出来るのかを考えさせてくれる環境に育ったことを心から感謝しています。