池造りのポイント・2
日本リフレッシュ研究所
 仏教の聖典に「群盲、象を撫ず」と言う言葉があります。これは象の身体の一部分を触っただけで全体を判断しようとすると、本当の姿を誤ってしまうことのたとえです。では、錦鯉を飼うための池水の条件とはなんでしょうか。
《群盲、象を撫ず》 
 「魚作りは水作り」と言う言葉は、錦鯉を飼う人なら誰でも知っていることです。人間に空気が必要なのと同様に、水は魚にとって必要ですから、錦鯉を飼育するためには、まず魚たちが健康に生活するための池水を作ることからスタートする必要があるでしょう。
 しかし、「どんな水が錦鯉の池に適しているのですか?」と池の持ち主に尋ねてみると、各人各様さまざまな答えが戻ってきます。ある人は「うちの池は水が澄んでいるので最高!」といいます。別の人は「水質検査をしたら、基準どおりだったから、うちの池水はばっちり!」と他人の意見に耳を貸そうとしません。また、「うちの池は水がこなれているので、鯉の餌食いが良くて、泳ぎも抜群だ」と得意げに話ます。各人はまちまちですが、こうした見方に共通していえることは、池の水の良し悪しの判断がある一部分のみを見てされているということです。 
良い水とは 
 養殖池と違い、愛好家のコンクリート池では毎日鯉を鑑賞するわけですから、池水が澄んでいることは、ごく当たり前の絶対的条件ですが、その上で、愛鯉が健康に育ってくれる池水こそが、魚たちに適した生活水なのです。 池水は、まず「錦鯉が常に健康」であることが第一条件となるので、愛鯉は自然「病気知らず」に育ちます。 病気知らずであれば、良く泳ぎ良く食べるので、鯉が大きく育つ」ことになります。 健康である鯉は、からだを守っているヌメリを多量に分泌させるため、体表の粘膜が厚くなり、ツヤよく輝くため、池の鯉をより「美しく鑑賞」することができます。
また、飼育者の立場からすれば、掃除のいらない《手間いらず》の池であって欲しいし、同時に池を「安く造れる」ことが望ましいし、さらに「維持費がかからない」ことが望まれます。何事であれ、イニシャルコストもランニングコストも少なくてすむのが一番です。 
濾過でなく浄化で 
 濾過とは文字通り「物を濾し取る」ことですが、浄化とは「微生物に水を浄化させる役割を担わせる」ことです。 良い池を造らないと、良い池水はできません。良い池水を作らなければ、絶対に良い鯉は育ちません。
 良い池には、多種類で大量の微生物が浄化槽にバランスよく生息しています。大きく言えば、地球は微生物がいてこそ成り立っている、といっても過言ではありません。鯉と微生物は質と量の両面で均衡をとりながら「共生」しているのです。「共生」とは、ともに利益を得ながら、共同生活をしているということです。 従って、池造りとは、まさしく理にかなった《浄化槽》を設置することであって、決して物々しい《濾過槽》を構えることではありません。浄化と濾過がまったく違っていることを、理解して頂きたいと思います。
「浄化」については、追々もっと詳しく説明していきますが、池水は濾過によって透明にするのではなく、「浄化」によって、鯉にとって生活しやすい池水を作ることです。
 また池と浄化槽は一体であると考えなかったところに、従来の池造りについての思い違いがあったのです。

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