「おぼっこ」五周年記念特集号(昭和41年10月20日発行)復刻版






ユースホステルと私
昭和38年度卒 佐々木紀子

 私がユースホステルに関心を持つようになったのはいつのことだったのか、どうも思い出せません。そんなに遠い昔であるはずがないのにー。どうしてその存在を知ったのか、どうしてそれに興味を持つようになったのか、まったく憶えていないのです。大学一年のある日、まだなじみの薄い盛岡の街を歩いている時、橋のたもとにある交通公社をみつけました。交通公社とユースホステルがどうして結びついたのか、今では忘れてしまいましたが、ともかく中に入って窓口で忙しそうに客と応対している人に、ユースホステルに関するパンフレットはないかとたずねました。その人はユースホステルという名前にはなじみがない様子で「そんなものは取り扱かっていませんね」という返事をくれました。帰ろうとすると、ちょうど隣りで様子をみていたらしいナップサックをひっかけた若い男の人が「x日にユースホステルの会員が集まって話し合おうという予定があるんですが、よかったらそれに参加してみませんか。」と話しかけてくれました。それが私が具体的にユースホステルとつながりを持つきっかけになりました。
 翌年エンジ色のラペルがはられた黄色の会員証を手にしましたが、その年は会員証はしわ一つつかず、スタンプ欄にも何の変化もないままオレンジ色のラベルに変りました。オレンジの年はスタンプ欄の空席がへり始めた年でした。岩大YHGが生まれ、私はぎくしゃくしながら「ユースホステル」のおもしろさを少しづつ確かに覚え始めました。そして今、全くユースホステルを利用する機会もなくスモッグに汚れて暮しながら、それだからこそなおさら「ユースホステル」に愛着を感じあこがれをいだいています。ラベル、かあざやかな緋色に変って間もなく、私は思い出多いホステリングをしました。ホステリングと言う表現はこの場合まったく似合いませんが、ホステルに泊まること自体をホステリングと呼んでいいものなら、ともかくホステリングです。そのホステルスタンプには「せ川や、もりおか」とあります。卒業式の翌日、前もってたのんでおいた運送屋が下宿に集荷にきた時は、すでに家に帰る汽車時間がすぎてしまっていました。私は公認されてまもないユースホステルせ川やに泊まりました。翌早朝、人気のないホステルの食堂に「誰も起きていない様子なのでかってに失礼する。」旨を書いたメモをおいて、お客が私だけのバスに乗って駅へ行き、まだ朝もやで白っぽい盛岡を離れたのです。
 ところで、私のホステリングは岩大YHGの大人数の団体ホスか、さもない時は個人ホスでした。ホステリングには二つの面があると思われます。すなわち、一つは野外における活動であり、いま一つはホステル内における生活です。この二つの面がどちらも満足された時に本当にホステリングの良さを味わうことが出来るものと思います。野外の行動が満足に行なわれるかどうかは純粋にホステラー自身又はそのグループ内の問題ですが、ホステルにおける活動には第三者との関係が大きな問題となってきます。
 一人で泊ったあるホステルでーー。ペアレントに会員証を渡し、手つづきをすませて案内された室に入っていく、ペットの間を往復していた話声がぴたりとやむ、私は何となくどぎまぎして「こんばんわ、よろしくお願いします」と言う。無言のまま私を見ているだけ、私は意味もなくあわててザックを開けると、タオルを取り出して室の外へ出てホッとする。室の中では又一せいにおしゃべりが開始される。悪い例のモデルみたいなこんな経験は一回だけでしたが、いかにもいやな思いをしたことを今でもはっきりと思い出します。別のあるホステルではーー。「挨拶と返事をめんどくさがらずにしましょう」という標語が受付にはってあるのをみました。ホステルに入って一番先にこれが目に入り、何となくそうせずにはいられないような感じにさせられました。玄関に居合せた人々が「こんにちは」「おつかれさま」と声をかけてくれました。本当に気持のいいことでした。翌朝、洗面所には皆が「おはよう」といいながらやってきました。それだけでその日のホステリングはきっと楽しいものになると思えるのです。山道で人に会ったときかわす「こんにちは」の一言がつかれた手足に快ろよくしみこんでゆく。きっとこんな記憶がある人も多いことでしょう。
 ホステルのベットは休む場所、食堂(ホール)を有効に利用することが野外活動とは別な面のホステリングの楽しさをみいだすことになるものと思っています。そして岩大YHGではすでにホステルを充分に有効に利用され、ホステリングを楽しまれていることと思います。
 ーー憶い出すままに述べてまいりましたが、次々と色んな事があれもこれもと浮かんできます。そしてしばらく縁の切れていましたホステリングをしたくなりました。ホステルに泊まることが「ユースホステル」の目的でないことは承知していながら、ホステルのスタンプがふえていくという魅力には打ち勝てそうもなく、ふえていく楽しみをすてさる程達観(老成といっても異議はないと思いますが)していない私は今、職業欄に岩手大学とかかれ、大学一年のころの写真をはった、ちょっとくたびれた会員証をながめています。ラベルの色が変わり、スタンプ欄に新しい用紙がはり足される日を考えて、そしてとても楽しくなっています。
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